蘇我入鹿の父親って、確か名前が蝦夷ですよね。

蘇我入鹿の父親って、確か名前が蝦夷ですよね。蝦夷って朝廷に従わない人たちのこ...蘇我入鹿の父親って、確か名前が蝦夷ですよね。蝦夷って朝廷に従わない人たちのことだったと思います。蘇我氏って大化の改新以前は朝廷の中枢にいた人たちなのに何で、わざわざ蝦夷って名乗るのでしょうか? 蘇我蝦夷は、上宮聖徳法王帝説では、蘇我豊浦毛人と表記されています。奈良時代の貴族である佐伯今毛人にも、今蝦夷という表記での記録が今に伝わっています。日本書紀の神武紀には“愛濔詩”という表記もあります。つまり、元々“え・み・し”という日本語があり、それを字にする場合には、蝦夷とか毛人とかいった複数の表記があった、と考えられます。

 

蘇我蝦夷(毛人)だけ見ていると、“貶めるため”という説が魅力的に聞こえるかも知れませんが、佐伯今毛人(蝦夷)は、正三位・参議まで昇進した、貴族としてはかなり成功した人物です。彼が造東大寺司長官の職を解かれたのは、藤原仲麻呂を除こうとする陰謀に関わった為ではないか、と考えられていますが、正史においては、藤原仲麻呂の方が反逆者とされているので、佐伯今毛人を“貶める”理由にはなりません。つまり、佐伯今毛人の場合、“貶める為にそういう名前になった”と考える理由がないのです。

 

実は、“毛人”の使用例は、実はもっとたくさんあります。↓の論文のファイルの中では10ページ目、論文自体にふられているページ数では64頁に、40も載っています。

 

朝臣宿禰の姓をもつ貴族(官僚)、一般人と思われるもの、奴婢など、幅広い階層を含むリストです。

 

従って、蘇我蝦夷蝦夷(毛人)という名は、貶めるつもりでつけた、というのは、蘇我蝦夷だけを見た場合にのみ成立しうるもの、と思います。

 

他の例とあわせて考えると、日本語での“えみし”それ自身には、元来は、特に悪い意味はなく(例えば、他の方の回答にあるような“強い人”という意味があり)、それが、東北地方の蝦夷にも、蘇我蝦夷にも、佐伯今毛人にも使われた、と考えた方が合理的です。

…というのは、素人の私だけが言っている話ではありません。もちろん、他の方の回答にあるように、蘇我蝦夷”は貶める為にそうつけられたという説もあります。が、より細かく使用例を調べた学者は、そういう説に対してかなり否定的であり、私も”貶める為”とは考えがたい、と思っている、という事です。

 

今の人間にとっては、「蝦夷=東北地方の蝦夷=朝廷に対する反逆者とされた人達」というイメージが強いので、「朝廷の中枢にいた人たちなのに何で、わざわざ蝦夷って名乗るのでしょうか?」という疑問を持たれるのも不思議ではないですが、蘇我蝦夷や佐伯今毛人の時代の人達にとってもそうだったかというと、かなり疑問が残ります。皆さん、ありがとうございました。勉強になりました。